覚りを開いた釈尊は、
その真理を
誰にも語らないつもりでした。
「話したところで、
誰にもわかるまい」
二千五百年前、
菩提樹の下で
人類史上最も深い真理に
到達したその人は、
そう思ったのです。
なぜ、語ろうとしなかったのか。
そして、
なぜ語ることを決意したのか。
最初の説法で、
釈尊はいったい何を説いたのか。
7月の「仏さまの教えを学ぶ会」では、
仏教の原点ともいえるこの瞬間──
初転法輪(しょてんぽうりん)に
迫ります。
ここまでの学びを振り返る
「仏さまの教えを学ぶ会」では、
釈尊の生涯をたどりながら
仏さまの教えを学んでいます。
4月から始まったこの学びは、
回を重ねるごとに
深まりを増してきました。
4月──「幸せ」とは何か
釈尊の誕生と
王宮での生活について学びました。
釈尊の父・浄飯王は、
太子が出家することを恐れ、
国家の財を惜しみなく注ぎ込んで
太子を宮殿に留めようとしました。
季節ごとに専用の宮殿を建て、
最高の音楽、最高の美食、
最高の衣服──
当時の世界で可能な
あらゆる贅沢を極めつくした生活が、
太子のために用意されたのです。
しかし、
それでも太子の心は
満たされなかった。
私たちが当たり前のように
追い求めている「幸せ」とは、
本当に幸せなのか。
4月はその根本的な問いから
出発しました。
5月──「苦しみ」とは何か
城の四つの門から出たとき、
太子は老い、病、死という
人間の避けられない現実と
出会います。
世に名高い「四門出遊」です。
そして太子は、
すべてを捨てて出家します。
王子の地位も、家族も、
あの贅を極めた暮らしも。
なぜ、あれほどの生活を
自ら捨てたのか。
そもそも苦しみとは何なのか。
5月は苦しみの分類と
その本質について
核心に迫りました。
6月──修行、そして覚り
出家した太子は、
当時のインドで最高の師のもとで学び、
壮絶な苦行に身を投じます。
しかし、
苦行では真理に届かなかった。
では、
どのようにして覚りに至ったのか。
仏道修行とは何か。
ヒンドゥー教の修行とは何が違い、
それぞれどのような境地に
到達するのか。
6月は修行の理論と種類、
そしてヒンドゥー教で
到達される境地と
仏教で到達される境地の違いについて
詳しく学びました。
7月──初転法輪。最初の説法
そして7月、
学びはいよいよ
最大の転換点を迎えます。
覚りを開いた釈尊は、
その内容をしばらく
誰にも語ろうとしませんでした。
あまりにも深く、
あまりにも
人間の常識からかけ離れている。
話したところで
理解されるはずがない、と。
ところが釈尊は、
ついに沈黙を破ります。
最初の説法の地は
鹿野苑(ろくやおん)。
聴いたのは、
かつて釈尊と共に苦行をしていた
五人の修行者たちでした。
ここで語られた内容が、
この世に仏法が
再び現れた瞬間です。
「覚ったけれども語るまい」
と思っていた釈尊が、
それでも語らずにはいられなかった、
その教えとは──。
7月の勉強会で、
一緒にその場に立ち会いましょう。
はじめての方へ
「途中からでも大丈夫ですか?」
というご質問をいただくことが
あります。
もちろん大丈夫です。
これまでの流れは
毎回おさらいしますので、
7月から参加されても
十分についていけます。
仏教の知識がまったくなくても
問題ありません。
専門用語を並べるのではなく、
どなたにもわかるように
お話ししています。
ただし、内容に妥協はしません。
二千五百年の智慧を、
薄めずにお届けしています。
開催概要
日時:7月18日(土) 観音供のあと
場所:天照寺(埼玉県坂戸市善能寺386-4)
参加費:無料
申込み:不要(当日お越しください)
※お通夜が入ると中止になります。
必ずホームページでご確認ください。
覚りの内容を、
語るべきか、語らざるべきか。
二千五百年前、
釈尊が抱えたこの葛藤と決断。
その最初の言葉に、
仏教のすべての出発点があります。
7月18日、
天照寺でお待ちしております。


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